B彼もまたのんびりとパイプの煙をふかしながら、映画でも見るように楽しげに海の活劇を見下していた。巧くナポレオンが浜に泳ぎ着いて、さて島内の森の中へでも逃げおおせてくれればいいと、どうやらそんな事を考えていたらしい自分に気が付いて、私は苦笑した。
 だが、結果は案外あっけ[#「あっけ」に傍点]なかった。結局、汀《なぎさ》から二十間ばかりの・丈の立つ所まで来た時、ナポレオンは追い付かれた。並よりも身体の小さい少年一人と、堂々たる体格の青年二人とでは、結果は問うまでもない。少年は二人に両腕を取られて引立てられ、浜に上ったまでは見えたが、島の連中がたちまち取巻いてしまったので、あとは良く見えなくなった。
 警官は酷《ひど》く機嫌を悪くしていた。
 三十分後、殊勲の二水夫に押えられたナポレオンが再び島のカヌーで船に連れ戻された時、真先に彼は手酷い平手打を三つ四つ続けざまに喰わせられた。さて、それから今度は(先刻は縄をつけなかったのだ)両手両足を船の麻縄で縛り上げられた上、隅っこの・島民船員の食料が詰め込んであるらしい椰子バスケットと飲用の皮剥若椰子との間にころがされた。
「畜生。余計な世話を焼か
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