キ。」
島民には随分変った名前が色々とある。昔は基督《キリスト》教の宣教師に命名してもらうことが多かったので、マリヤとかフランシスなどというのが多く、また、以前|独逸《ドイツ》領だった関係からビスマルクなどというのも時にあったが、ナポレオンは珍しい。しかし、私の知っている他の島民の名前、シチガツ(七月に生れたのであろう)、ココロ(心?)、ハミガキなどに比べれば、何といっても堂々たる名前には違いない。もっとも、その余り堂々とし過ぎている点が可笑《おか》しいのには違いないが。
甲板に張られたカンヴァスの日覆の下で、私は色の黒い不良少年、ナポレオンの話を聞いた。
ナポレオンは二年前までコロールの街にいたのだが、公学校三年生の時、年下の女の児にひどく悪性の嗜虐《しぎゃく》症的な悪戯《いたずら》をして、その児をほとんど死に瀕せしめたという。その他これに類する事件を二つ三つ引起し、更に窃盗なども働いたらしく、一昨年十三歳の時に、未成年者への罰として、コロールから遥か離れた南方のS島へ流されたのである。名目上はパラオ諸島に属しているものの、これら南方離島は地質的にも全然別の島だし、住民もずっと
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