Fも、例の黒光りするやつ[#「やつ」に傍点]ではなくて、艶を消したような浅黒さである。何処にも黥《いれずみ》の見えないのは、その女がまだ若くて、日本の公学校教育を受けて来たためであろう。右の手で膝の児を抑え、左の手は斜め後《うしろ》に竹の床《ゆか》に突いているが、その左手の肱《ひじ》と腕とが(普通の関節の曲り方とは反対に)外側に向ってく[#「く」に傍点]の字に折れている。こういう関節の曲り方はこの地方の女にしか見られないものだ。やや反《そ》り気味なその姿勢で、受け口の唇を半ば開いたまま、睫《まつげ》の長い大きな目で、放心したように此方を見詰めている。私はその目を外らすことをしなかった。
弁解じみるようだが、一つには確かにその午後の温度と、湿気と、それから、その中に漂う強い印度素馨の匂とが、良くなかったのである。
私には先ほどからの、女の凝視の意味がようやく判って来た。何故若い島民の女が(それも産後間もないらしい女が)そんな気持になったか、病み上りの私の身体が女のそういう視線に値するかどうか、また、熱帯ではこんな事が普通なのかどうか、そんな事は一切判らないながら、とにかく現在のこの女
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