ウい島を幾つも私は見て来た。全島珊瑚の屑ばかりで土が無いために、全然タロ芋(これが島民にとっての米に当るのだ)の出来ない島も知っている。虫害のためにことごとく椰子を枯らしてしまった荒涼たる島も知っている。それだのに、人口僅か十六人のB島を別にすれば、此処《ここ》ほど寂しい島は無い。何故《なぜ》だろう? 理由は、ただ一つ。子供がいないからだ。
いや、子供もいることはいる。たった一人いるのだ。今年五歳になる女の児が。そうして、その児の外に二十歳以下の者は一人もいない。死んだのではない。絶えて生れなかったのだ。その女の児(外に子供はいないのだから、言いにくい島民名前などは持出さずに、ただ、女の児とだけ呼ぶことにしよう)が生れる前の十数年間、一人の赤ん坊もこの島に生れなかった。女の児が生れてから今に至るまで、まだ一人も生れない。恐らく、今後も生れないのではなかろうか。少くとも、この島の年老いた連中はそう信じている。それ故、数年前この女の児が生れた時は、老人連が集まって、この島の最後の人間――女になるべき赤ん坊を拝んだということである。最初の者が崇められるように、最後の者もまた崇められねばなら
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