ト来る。あれは何ですと聞けば、同じ方面の生徒らは一緒に登校させるのだが、その連中が、合唱しながらやって来るのだという。声は官舎の近くまで来ると、やんだ。途端に、トマレ! という号令が掛かる。玄関から外を見ると二十人ほどの島民児童がちゃんと二列に縦隊を作ってやって来ているのだ。先頭の一人は紙の日の丸を肩にかついでいる。その旗手が、再び、ヒダリ向ケヒダリ! と号令をかけた。一同が校長の家に向って横隊になる。と、一斉に、オハヨウゴザイマスと言いながら頭を下げた。それから、また、先頭の腫物《はれもの》だらけの旗手が、ミギ向ケミギ! 前ヘススメ! をかけて、一行は、愛国行進曲の続きを唱いながら、官舎の隣の学校の方へと曲って行く。官舎の庭には垣根が無いので、彼らの行進が良く見える。背丈が(恐らく年齢も)恐ろしく不揃いで、先頭には大変大きいのがいるが、後の方はひどく小さい。夏島あたりと違って余り整ったなりをしている者は無い。みんな、シャツを着ているとはいうものの、破れている部分の方が繋がっている部分より多そうなので、男の子も女の子も真黒な肌が到る所から覗いている。足はもちろん全部|跣足《はだし》。学校から給与されるのか、感心に鞄だけは掛けているようだ。てんでに、椰子《ヤシ》の果《み》の外皮を剥《む》いたものを腰にさげているのは、飲料なのである。それらのおんぼろ[#「おんぼろ」に傍点]をぶら下げた連中が、それぞれ足を思い切り高く上げ手を大きく振りつつ、あらん限りの声を張上げて(校長官舎の庭にさし掛かると、また一段と声が大きくなったようだ)朝の椰子影の長く曳《ひ》いた運動場へと行進して行くのは、なかなかに微笑《ほほえ》ましい眺めであった。
その朝は、他に二組同じような行進が挨拶に来た。
夏島で見た各離島の踊の中では、ローソップ島の竹踊《クーサーサ》が最も目覚ましかった。三十人ばかりの男が、互いに向いあった二列の環《わ》を作り、各人両手に一本ずつ三尺足らずの竹の棒を持って、これを打合わせつつ踊るのである。あるいは地を叩き、あるいは対者の竹を打ち、エイサッサ、エイサッサと景気のいい掛声をかけつつ、廻《めぐ》り廻って踊る。外の環と内の環とが入違いに廻るので、互いに竹を打合わせる相手が順次に変って行く訳だ。時に、後向きになり片脚を上げて股《また》の間から背後の者の竹を打つなど、なかなか
前へ
次へ
全42ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング