L《うずくま》ったり、寝そべったりしているらしい。明り取りが無くて薄暗いので、隅の方は良く判らないが、此方から見る正面には、一人の老婆が傲然《ごうぜん》と――誠に女王の如く傲然と踞坐《こざ》して煙草を吸っている。そうして、外からの侵入者に警戒するような・幾分敵意を含んだ目で、私の方を凝乎《じっ》と見ている様子である。あれは誰だと、若い女に聞けば、ワタシノダンナサン[#「ダンナサン」に傍点]ノオ母サンと答えた。威張っているね、と言うと、一番エライカラと言う。
その薄暗い奥から、十歳ばかりの痩せた女の子が、時々独木舟の向う側まで出て来ては、口をポカンとあけて此方を覗《のぞ》く。この家の者は皆きちん[#「きちん」に傍点]とした服装《なり》をしているのに、この子だけはほとんど裸体である。色が気味悪く白く、絶えず舌を出して赤ん坊の様にベロベロ音を立て、涎《よだれ》を垂れ、意味も無く手を振り足を摺《す》る。白痴なのであろう。奥から、女王然たる老婆が喫煙を止めて、何か叱る。烈しい調子である。手に何か白いきれを持ち、それを振って白痴の子を呼んでいる。女の子が側へ戻って行くと、怖い顔をしながら、それをはかせた。パンツだったのである。「あの児、病気か?」と私がまた若い女に聞く。頭ガワルイという返辞である。「生れた時からか?」「イイヤ、生レタトキハ良カッタ。」
大変愛想のいい女で、私がバナナを喰べ終ると、犬を喰わぬかと言う。「犬?」と聞き返す。「犬」と、女はその辺に遊んでいる・痩せた・毛の抜けかかった・茶色の小犬を指す。一時間もかかれば出来るから、あれを石焼にして馳走しようというのだ。一匹まる[#「まる」に傍点]のまま、芭蕉の葉か何かに包み、熱い石と砂の中に埋めて蒸焼にするのである。腸《はらわた》だけ抜いた犬が、そのまま、足を突張らせ歯をむき出して膳の上に上《のぼ》されるのだという。
ほうほうの態で私は退却した。
出がけに見ると、家の入口の左右に、黄と紅と紫との鮮やかなクロトンの乱れ葉が美しく簇《むらが》っていた。
※[#ローマ数字4、1−13−24]
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月曜島には、公学校校長の家族の外に内地人はいない。
朝、校長の官舎で食事をしていると、遠くから歌声が聞えて来る。愛国行進曲だ。多くの子供らの声とすぐに分った。声がだんだん近付い
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