フ多いスカートの長い・贅沢《ぜいたく》な洋装である。傍《はた》から見ていても随分暑そうに思われる。男でも日曜は新しい青いワイシャツの胸に真白な手巾《ハンケチ》を覗《のぞ》かせている。教会は彼らにとって誠に楽しい倶楽部《クラブ》、ないし演芸場である。
衣服の法外な贅沢さに引換えて、住宅となると、これはまた、ミクロネシヤの中で最も貧弱だ。第一、床《ゆか》のある家が少い。砂、あるいは珊瑚《さんご》屑を少し高く積上げ、そこへ蛸樹の葉で編んだ筵《むしろ》を敷いて寝るのである。周囲に四本の柱を立て、蛸樹の葉と椰子の葉とで以てそれを覆えば、それで屋根と壁とは出来上ったことになる。こんな簡単な家は無い。窓も作ることは作るが、至って低い所に付いているので、ちょうど便所の汲取口のようである。このような酷《ひど》い住居にも、なお必ずミシンとアイロンとだけは備えてあるのだ。彼らの衣裳道楽に呆れるよりも、宣教師と結托したミシン会社の辣腕《らつわん》に呆れる方が本当なのかも知れないが、とにかく、驚くべきことである。もちろん、ジャボールの町にだけは、床を張った・木造の家も相当にあるが、そうした床のある家には必ず縁の下に筵を敷いて住んでいる住民がいるのだ。マーシャル特産の蛸葉の繊維で編んだ団扇《うちわ》、手提籠の類は、概《おおむ》ねこうした縁の下の住民の手内職である。
同じヤルート環礁の内のA島へ小さなポンポン蒸汽で渡った時、海豚《いるか》の群に取囲まれて面白かったが、少々危いような気もした。というのは、おどけた海豚どもが調子に乗ってはしゃぎ[#「はしゃぎ」に傍点]廻り、小艇の底を潜っては右に左に現れ、うっかりすると船が持上りそうに思われたからである。時々二、三尾揃って空中に飛躍する。口の長く細く突出た・目の小さい・ふざけた顔の奴どもだ。船と競争して、とうとう島のごく近くまでついて来た。
島へ上って見ると、ちょうど、ジャボール公学絞の補習科の生徒がコプラの採取作業をやっている。増産運動の一つなのだ。島内を一巡して見たが、島中、椰子と蛸樹と麺麭《パン》樹とがギッシリ密生している。熟した麺麭の果《み》が沢山地上に落ち、その腐っているのへ蠅《はえ》が真黒にたかっている。側を通る我々の顔にも手にもたちまちたかってくる。とても堪らない。途で一人の老婆が麺麭の実の頭に穴を穿《うが》ち、八《や》つ手《で
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