頭を下げない。私を案内して呉れる役所の人がヘルメットをかぶつて道を行くと、島民共は鞠躬如として道を讓り、恭しく頭を下げる。夏島でも秋島でも水曜島でもポナペでも、何處ででもみんなさうであつた。
 ジャボールを立つ前の日、M技師と私は、土産物の島民の編物を漁るために、低い島民の家々を――もつと正確にいへば、家々の縁の下を覗き歩いた。前に一寸言つたが、ヤルートでは、家々の縁の下に筵を敷いて女共がごろ/\してをり、さういふ連中が多く蛸樹の葉の纖維で編物をやつてゐるのである。M氏より十歩ばかり先へ歩いてゐた私は、或る家の縁の下に一人の痩せた女が帶《バンド》を編んでゐる所を見付けた。帶《バンド》は中々出來上りさうもないが、傍には既に出來上つたバスケットが一つ置いてある。私は、案内役の島民少年にバスケットの値段を聞かせる。三圓だといふ。もう少し安くならないかと言はせたが、中々承知しさうもない。そこへM氏が現れた。M氏も少年に値段を聞かせる。女はチラと私と見比べるやうにして、M技師を――いや、M技師の帽子を、そのヘルメットを見上げる。「二圓」と即座に女は答へる。オヤツと私は思つた。女はまだ自信の無いや
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