ゐるのである。殊に驚くべきは、碧《あを》い珊瑚礁《リーフ》魚よりも更に幾倍か碧い・想像し得る限りの最も明るい瑠璃色をした・長さ二寸許りの小魚の群であつた。丁度朝日の射して來た水の中に彼等の群がヒラ/\と搖れ動けば、其の鮮やかな瑠璃色は、忽ちにして濃紺となり、紫藍となり、緑金となり、玉蟲色と輝いて、全く目も眩むばかり。斯うした珍魚共が、種類にして二十、數にしては千をも超えたであらう。
一時間餘りといふもの、私は唯呆れて、茫然と見惚れてゐた。
内地へ歸つてからも、私は此の瑠璃と金色の夢の樣な眺めのことを誰にも話さない。私が熱心を以て詳しく話せば話す程、恐らく私は「|百萬のマルコ《マルコ・ミリオネ》」と嗤はれた昔の東邦旅行者の口惜しさを味ははねばならぬだらうし、又、自分の言葉の描寫力が實際の美の十分の一をも傳へ得ないことが自ら腹立たしく思はれるであらうからでもある。
ヘルメット帽は、委任統治領では官吏だけのかぶるものになつてゐるらしい。不思議に會社關係の人は之を用ひないやうである。
所で、私は、餘り上等でないパナマ帽をかぶつて群島中《ぐんたうぢゆう》を歩いた。道で出會ふ島民は誰一人
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