迄にも何囘となくそれを見ては來たが、ここの校長のやうに初對面の者に向つて、いきなり斯う猛烈にやり出すのは、初めてであつた。何の惡口といふことはない。何から何まで其の警部補のする事はみんな惡いのである。魚釣(此の灣内ではもろ鰺[#「もろ鰺」に傍点]が良く釣れるさうだが)の下手なの迄が讒謗の種子にならうとは、私も考へなかつた。魚釣の話が一番|後《あと》に出たものだから、少し慌てて聞いてゐると、警部補は魚釣が下手故此の島の行政事務を任せては置けないといふ風な論旨に取られかねないのである。聞いてゐる中に、先程は何とも感じなかつた・あの横幅の廣い警部補に何だか好感が持てさうな氣がして來た。

 島を案内しようといふのを斷《ことわ》つて公學校を退却すると、私は獨りで、島民に道を聞きながら、「レロの遺跡」といふ名で知られてゐる古代城郭の址を見に行つた。今迄曇つてゐた空から陽が洩れ始め、島は急に熱帶的な相貌を帶びて來た。
 海岸から折れて一丁も行かない中に、目指す石の壘壁にぶつかる。鬱蒼たる熱帶樹に蔽はれ苔に埋もれてはゐるが、素晴らしく大きな玄武岩の構築物だ。
 入口をはひつてからが仲々廣い。苔で滑り
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