初等課だけだから三年までである。門をはひるや否や、色の淺黒い(といつても、カロリン諸島は東へ行くにつれて色の黒さが薄らいでくるやうに思はれる)子供等が爭つて前に出て來ては、オハヨウゴザイマスと叮嚀に頭を下げる。
 教員は校長に訓導一人と島民の教員補一人。但し、一人の訓導とは女で、しかも校長の奧さんである。
 校長は授業を見られたくない樣子だ。殊に己が妻の授業を。私も亦、それを強要して、心理的な機微を觀察しようとする程、意地が惡くはない。たゞ、校長から、此處の島民兒童の特徴や、永年の公學校教育の經驗談でも聽くにとゞめようと思つた。所が、私は、何を聞かねばならなかつたか? 徹頭徹尾、私が先程會つて來た・あの警部補の惡口ばかりを聞かされたのである。
 此處ばかりには限らない。離島《りたう》で、巡査派出所と公學校と兩方のある島では、必ず兩者の軋轢がある。さういふ島では、巡査と公學校長(校長ばかりで下に訓導のゐない學校が甚だ多いので)と、島中でこの二人だけが日本人であり、且つ官吏であるので、自然勢力爭ひが起るのである。どちらか一方だけだと、小獨裁者の專制になつて却つて結果は良いのだが。
 私は今
前へ 次へ
全80ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング