島々とは凡そ變つた風景である。少くとも、今甲板から眺めるクサイの島は、どう見ても、ゴーガンの畫題ではない。細雨に烟る長汀や、模糊として隱見する翠の山々などは、確かに東洋の繪だ。一汀煙雨杏花寒とか、暮雲卷雨山娟娟とか、そんな讚がついてゐても一向に不自然に思はれない・純然たる水墨的な風景である。
食堂で朝食を濟ませてから、又甲板へ出て見ると、もう雨は霽《あが》つてゐたが、まだ、煙のやうな雲が山々の峽を去來してゐる。
八時、ランチでレロ島に上陸、直ぐに警部補派出所に行く。此の島には支廳が無く、この派出所で一切を扱つてゐるのである。昔見た映畫の「罪と罰」の中の刑事のやうな・顏も身體も共に横幅の廣い警部補が一人、三人の島民巡警を使つて事務をとつてゐた。公學校視察の爲に來たのだと言ふと、直ぐに巡警を案内につけて呉れた。
公學校に着くと、背の低い・小肥《こぶと》りに肥つた・眼鏡の奧から商人風の拔目の無ささうな(絶えず相手の表情を觀察してゐる)目を光らせた・短い口髭のある・中年の校長が、何か不埒なものでも見るやうな態度で、私を迎へた。
教室は一棟三室、その中の一室は職員室にあててある。此處は
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