」と言へば、「内地の人といくら友達になつても、一ぺん内地へ歸つたら二度と戻つて來た人は無いんだものねえ」と珍しくしみ/″\と言つた。
我々が内地へ歸つてから、H氏の所へ二三囘マリヤンから便りがあつたさうである。其の都度トンちやんの消息を聞いて來てゐるといふ。
私はといへば、實は、横濱へ上陸するや否や、忽ち寒さにやられて風邪をひき、それがこじれて肋膜になつて了つたのである。再び彼の地の役所に戻ることは、到底覺束無い。
H氏も最近偶然結婚(隨分晩婚だが)の話がまとまり、東京に落着くこととなつた。勿論、南洋土俗研究に一生を捧げた氏のこと故、いづれは又向ふへも調査には出掛けることがあるだらうが、それにしても、マリヤンの豫期してゐたやうに彼の地に永住することはなくなつた譯だ。
マリヤンが聞いたら何といふだらうか?
[#改ページ]
風物抄
※[#ローマ数字1、1−13−21]
[#地から5字上げ]クサイ
朝、目が覺めると、船は停つてゐる樣子である。直ぐに甲板に上つて見る。
船は既に二つの島の間にはひり込んでゐた。細かい雨が降つてゐる。今迄見て來た南洋群島の
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