ヤンの外にも、七八人の島民女が鎌を手にして草の間にかがんでゐる。口笛は別に私を呼んだのではないらしい。(マリヤンはH氏の部屋には何時も行くが、私の部屋は知らない筈である。)マリヤンは私に見られてゐることも知らずにせつせ[#「せつせ」に傍点]と刈つてゐる。此の間の盛裝に比べて今日は又ひどいなりをしてゐる。色の褪せた、野良仕事用のアツパツパに、島民竝の跣足《はだし》である。口笛は、働きながら、時々自分でも氣が付かずに吹いてゐるらしい。側の大籠に一杯刈り溜めると、かがめてゐた腰を伸ばして、此方に顏を向けた。私を認めるとニツと笑つたが、別に話しにも來ない。てれ隱し[#「てれ隱し」に傍点]の樣にわざと大きな掛聲を「ヨイシヨ」と掛けて、大籠を頭上に載せ、その儘さよなら[#「さよなら」に傍点]も言はずに向ふへ行つて了つた。
去年の大晦日《おほみそか》の晩、それは白々とした良い月夜だつたが、私達は――H氏と私とマリヤンとは、涼しい夜風に肌をさらしながら街を歩いた。夜半迄さうして時を過ごし、十二時になると同時に南洋神社に初詣でをしようといふのである。私達はコロール波止場の方へ歩いて行つた。波止場の先
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