私はマリヤンの盛裝した姿を見たことがある。眞白な洋裝にハイ・ヒールを穿き、短い洋傘を手にしたいでたち[#「いでたち」に傍点]である。彼女の顏色は例によつて生々《いきいき》と、或ひはテラ/\と茶褐色に飽く迄光り輝き、短い袖からは鬼をもひしぎさうな赤銅色の太い腕が逞しく出てをり、圓柱の如き脚の下で、靴の細く高い踵が折れさうに見えた。貧弱な體躯を有つた者の・體格的優越者に對する偏見を力めて排しようとはしながらも、私は何かしら可笑しさがこみ上げて來るのを禁じ得なかつた。が、それと同時に、何時か彼女の部屋で「英詩選釋」を發見した時のやうないたましさ[#「いたましさ」に傍点]を再び感じたことも事實である。但し、此の場合も亦、其のいたましさ[#「いたましさ」に傍点]が、純白のドレスに對してやら、それを着けた當人に對してやら、はつきりしなかつたのだが。
彼女の盛裝姿を見てから二三日後のこと、私が宿舍の部屋で本を讀んでゐると、外で、聞いたことのあるやうな口笛の音がする。窓から覗くと、直ぐ傍《そば》のバナナ畑の下草をマリヤンが刈取つてゐるのだ。島民女に時々課せられる此の町の勤勞奉仕に違ひない。マリ
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