に書物とは縁の遠い所である。恐らく、マリヤンは、内地人をも含めてコロール第一の讀書家かも知れない。
マリヤンには五歳《いつつ》になる女の兒がある。夫は、今は無い。H氏の話によると、マリヤンが追出したのださうである。それも、彼が度外《どはづ》れた嫉妬家《やきもちや》であるとの理由で。斯ういふとマリヤンが如何にも氣の荒い女のやうだが、――事實また、どう考へても氣の弱い方ではないが――之には、彼女の家柄から來る・島民としての地位の高さも、考へねばならぬのだ。彼女の養父たる混血兒のことは前に一寸述べたが、パラオは母系制だから、之はマリヤンの家格に何の關係も無い。だが、マリヤンの實母といふのが、コロールの第一長老家イデイヅ家の出なのだ。つまり、マリヤンはコロール島第一の名家に屬するのである。彼女が今でもコロール島民女子青年團長をしてゐるのは、彼女の才氣の外に、此の家柄にも依るのだ。マリヤンの夫だつた男は、パラオ本島オギワル村の者だが、(パラオでは女系制度ではあるが、結婚してゐる間は、矢張、妻が夫の家に赴いて住む。夫が死ねば子供等をみんな引連れて實家に歸つて了ふけれども)斯うした家格の關係もあ
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