を打つて了つた。さういふ雰圍氣の中で、厨川白村やピエル・ロティを見付けた時は、實際、何だかへんな氣がした。少々いたましい氣がしたといつてもいい位である。尤も、それは、其の書物に對して、いたましく感じたのか、それともマリヤンに對していた/\しく感じたのか、其處迄はハツキリ判らないのだが。
 其の「ロティの結婚」に就いては、マリヤンは不滿の意を洩らしてゐた。現實の南洋は決してこんなものではないといふ不滿である。「昔の、それもポリネシヤのことだから、よく分らないけれども、それでも、まさか、こんなことは無いでせう」といふ。
 部屋の隅を見ると、蜜柑箱の樣なものの中に、まだ色々な書物や雜誌の類が詰め込んであるやうだつた。その一番上に載つてゐた一册は、たしか(彼女が曾て學んだ東京の)女學校の古い校友會雜誌らしく思はれた。
 コロールの街には岩波文庫を扱つてゐる店が一軒も無い。或る時、内地人の集まりの場所で、偶※[#二の字点、1−2−22]私が山本有三氏の名を口にしたところ、それはどういふ人ですと一齊に尋ねられた。私は別に萬人が文學書を讀まねばならぬと思つてゐる次第ではないが、とにかく、此の町は之程
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