光や、それに見入る娘達や雛妓等の樣子迄もはつきり[#「はつきり」に傍点]、彼女等の髮油の匂までもありあり[#「ありあり」に傍点]と、浮かんで來た。私は、歌舞伎劇そのものも餘り好きではない。みやげもの屋などに何の興味も無い筈である。何故、こんな意味も内容も無い東京生活の薄つぺらな一斷面が、太平洋の濤に圍まれた小さな島の・椰子の葉で葺いた土民小舍の中で、家の周圍《まはり》にズシンと落ちる椰子の實の音を聞いてゐる時に、突然思出されたものか。私には皆目《かいもく》判らぬ。とにかく、私の中には色んな奇妙な奴等がゴチヤ/\と雜居してゐるらしい。淺間しい、唾棄すべき奴までが。
海岸のタマナ竝木の蔭のはづれ迄來た時、向ふから陽に灼けた砂の上を素裸の小さい男の子が駈けて來た。私の前迄來ると、立止つてキチンと足を揃へ、頭が膝の所まで來る程の丁寧なお辭儀をしてから、食事の用意が出來たことを告げた。私の泊つてゐる島民の家の兒で、今年|八歳《やつつ》になる。痩せた・目の大きい・腹ばかり出た・糜爛性腫瘍《フランペシヤ》だらけの兒である。何か御馳走が出來たか、と聞けば、兄が先刻カムドゥックル魚を突いて來たから、
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