恐らく年齡も)恐ろしく不揃ひで、先頭には大變大きいのがゐるが、後の方はひどく小さい。夏島あたりと違つて餘り整つたなりをしてゐる者は無い。みんな、シャツを着てゐるとはいふものの、破れてゐる部分の方が繋がつてゐる部分より多さうなので、男の子も女の子も眞黒な肌が到る所から覗いてゐる。足は勿論全部|跣足《はだし》。學校から給與されるのか、感心に鞄だけは掛けてゐるやうだ。てんでに、椰子の果《み》の外皮を剥《む》いたものを腰にさげてゐるのは、飮料なのである。其等のおんぼろ[#「おんぼろ」に傍点]をぶら下げた連中が、それ/″\足を思ひ切り高く上げ手を大きく振りつつ、あらん限りの聲を張上げて(校長官舍の庭にさし掛かると、又一段と聲が大きくなつたやうだ)朝の椰子影の長く曳いた運動場へと行進して行くのは、中々に微笑《ほほゑ》ましい眺めであつた。
 其の朝は、他に二組同じやうな行進が挨拶に來た。

 夏島で見た各離島の踊の中では、ローソップ島の竹踊《クーサーサ》が最も目覺ましかつた。三十人ばかりの男が、互ひに向ひあつた二列の環を作り、各人兩手に一本づつ三尺足らずの竹の棒を持つて、之を打合はせつつ踊るのである。或ひは地を叩き、或ひは對者の竹を打ち、エイサツサ、エイサツサと景氣のいい掛聲をかけつつ、※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》り※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《めぐ》つて踊る。外の環《わ》と内の環とが入違ひに※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]るので、互ひに竹を打合はせる相手が順次に變つて行く譯だ。時に、後向きになり片脚を上げて股の間から背後の者の竹を打つなど、中々曲藝的な所も見せる。撃劍の竹刀の撃合ふやうな音と、威勢のいい掛聲とが入り交つて、如何にも爽やかな感じである。
 北西離島のものは、皆、佛桑華や印度素馨の花輪を頭に付け、額と頬に朱黄色の顏料《タイク》を塗り、手頸足頸腕等に椰子の若芽を捲き付け、同じく椰子の若芽で作つた腰簑《こしみの》を搖すぶりながら踊るのである。中には耳朶に孔を穿ち、そこへ佛桑華の花を插した者もある。右手の甲に、椰子若芽を十字形に組合せたものを輕く結び付け、最初、各人が指を細かく顫はせて、之を動かす。すると、忽ち遠くの風のざわめきの樣な微妙な音が起る。之が合圖で踊が始まる。さうして、掌で以て胸や腕のあたりを叩いてパンパンといふ烈しい音を立て、腰をひねり奇聲を發しつつ、多分に性的な身振を交へて踊り狂ふのである。
 歌の中でも、踊を伴はないものは、全部といつて良い位、憂鬱な旋律ばかりであつた。其の題名にも、頗るをかしなものが多い。その一例。シュック島の歌。「他人《ひと》の妻のことを思はず、己《おの》が妻のことを考へませう。」

 夏島の街で見た或る離島人の耳。幼時から耳朶を伸ばし伸ばしした結果らしく、一尺五寸ばかりも紐の樣に長く伸びてゐる。それを、鎖でも捲くやうに、耳殼に三※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《みまはり》ほど卷いて引掛けてゐる。さういふ耳をしたのが四人竝んで、すまして洋品店の飾窓を覗いてゐた。
 其の離島へ行つたことのある某氏に聞くと、彼等は普通の耳をもつた人間を見ると嗤《わら》ふさうである。顎《あご》の無い人間でも見たかのやうに。
 又、斯ういふ島々に永くゐると、美の規準に就いて、多分に懷疑的になるさうだ。ヴォルテエル曰く、「蟾蜍《ひきがへる》に向つて、美とは何ぞやと尋ねて見よ。蟾蜍は答へるに違ひない。美とは、小さい頭から突出た大きな二つの團栗眼《どんぐりまなこ》と、廣い平べつたい口と、黄色い腹と褐色の背中とを有《も》つ雌蟾蜍の謂《いひ》だと。」云々。

          ※[#ローマ数字5、1−13−25]
[#地から5字上げ]ロタ
 斷崖の白い・水の豐かな・非常に蝶の多い島。靜かな晝間、人のゐない官舍の裏に南瓜の蔓が伸び、その黄色い花に、天鵞絨めいた濃紺色の蝶々どもが群がつてゐる。

 島民の姿の見えないソンソンの夜の通りは、内地の田舍町のやうな感じだ。電燈の暗い床屋の店。何處からか聞えて來る蓄音機の浪花節。わびしげな活動小屋に「黒田誠忠録」がかかつてゐる。切符賣の女の窶《やつ》れた顏。小舍の前にしやがんでトーキイの音だけ聞いてゐる男二人。幟が二本、夜の海風にはためいてゐる。

 タタッチョ部落の入口、海から三十間と離れない所に、チャモロ族の墓地がある。十字架の群の中に、一基の石碑が目につく。バルトロメス・庄司光延之墓と刻まれ、裏には昭和十四年歿九歳とあつた。日本人にして加特力教徒だつた者の子供なのであらう。周圍の十字架に掛けられた花輪どもは悉く褐色に枯れ凋み、海風にざわめく枯椰子の葉のそよぎも哀しい。(ロタ島の椰子樹は最近蟲害のために殆ど皆枯れて了つた。)目に沁
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