子が妾を殺します。太子が妾を殺します」と繰返すばかりである。靈公は兵を召して太子を討たせようとする。其の時分には太子も刺客も疾《と》うに都を遠く逃げ出してゐた。
宋に奔り、續いて晉に逃れた太子|※[#「萠+りっとう」、第3水準1−91−14]※[#「耳+貴」、第4水準2−85−14]《くわいぐわい》は、人毎に語つて言つた。淫婦刺殺といふ折角の義擧も臆病な莫迦者の裏切によつて失敗したと。之も矢張衞から出奔した戲陽速が此の言葉を傳へ聞いて、斯う酬いた。とんでもない。こちらの方こそ、すんでの事に太子に裏切られる所だつたのだ。太子は私を脅して、自分の義母を殺させようとした。承知しなければ屹度私が殺されたに違ひないし、もし夫人を巧く殺せたら、今度は必ず其の罪をなすりつけられるに決つてゐる。私が太子の言を承諾して、しかも實行しなかつたのは、深謀遠慮の結果なのだと。
晉では當時|范《はん》氏|中行《ちうかう》氏の亂で手を燒いてゐた。齊・衞の諸國が叛亂者の尻押をするので、容易に埒があかないのである。
晉に入つた衞の太子は、此の國の大黒柱たる趙簡子《てうかんし》の許に身を寄せた。趙氏が頗る厚遇し
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