ティスムが、この珍奇な小動物の思ひがけない出現と共に、再び目覺めて來た。曾て小笠原に遊んだ時の海の色。熱帶樹の厚い葉の艶。油ぎつた眩しい空。原色的な鮮麗な色彩と、燃上る光と熱。珍奇な異國的なものへの若々しい感興が急に溌剌と動き出した。外《そと》はみぞれ[#「みぞれ」に傍点]もよひの空だといふのに、私は久しぶりで胸の膨れる思ひであつた。
ストーヴの近くに籠を置き、室の隅にあつたゴムの木と谷渡りの鉢をその傍に竝べた。私は籠の入口をあけておいた。どうせ部屋から出る心配はなし、時には木にとまり度くもならうかと思つたからである。
二
朝起きて見ると、カメレオンはゴムの木などには止らずに、机の下に滑り落ちた書物の上に乘つて、小さな眼孔から此方を見てゐた。思つたより元氣らしい。もつとも昨夕はかなり部屋を暖めたので、乾きすぎたせゐ[#「せゐ」に傍点]か、私の方が少々咽喉を痛めた。カメレオンの乘つてゐた書物はショペンハウエルのパレルガ・ウント・パラリポメナ。
勤めの無い日なのだが、カメレオンのことで午後學校へ行く。昨晩考へたやうに、設備が無いのなら學校へ置いても同じことだか
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