つて行かうと決心する。動物園は好きな場所だが、寄附する、とか、預ける、とか、いふ話になると、いづれ東京市[#「市」に傍点]のお役人が出て來て、屆を書かせたりするのではないか。役人と、役所の手續き程、やり切れないものはない。實際は簡單だと人の言ふものでも、役所への屆とか手續きとかとなると、私は頭から煩瑣なものに感じて、まるで考へて見る氣もしなくなるのである。仕方がないから、東京から通《かよ》つてゐる地理の教師のY君に頼んで上野へ持つて行つて貰はうと思ふ。學校の方ではもうこんな蟲のことなんか忘れてゐるだらうから、斷《ことわ》るにも及ぶまい。元のやうに、綿を敷いた箱に入れ、箱の蓋に息拔きの穴をあけて、學校へ持つて行く。金曜だから、勤めのある日だ。
 Y君に會つて、譯を話して頼む。承知して呉れる。今日歸りに眞直に上野迄行かうと言ふ。

 晝休に、食事を濟ませてから暫く職員室にゐると、廊下で何か生徒等が騷ぎ始めたと思つたら、やがて扉があいて、去年の春結婚のために辭《や》めた音樂の教師が、赤ん坊を抱いてはひつて來た。「アラツ」と、それを見た女の教師達は一齊に聲を擧げた。關西に嫁いで行つてゐるのだが
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