四

 今日も勤めのない日。火、水、木、と三日、休みが續くのである。昨夜は稍※[#二の字点、1−2−22]眠れた。發作への懸念(殆ど恐怖といつてもいゝ)も先づ無くなる。持藥の麻杏甘石湯《まきやうかんせきたう》の分量を少し増す位で濟みさうである。鈍い頭痛は依然去らない。午前中|嘔氣《はきけ》少々。
 カメレオンは一昨日から蠅を十二三匹しか喰べてゐない。止り木から下りて、綿の上に蹲《うづくま》つてゐる。寒いのであらう。之では長くもつまいと思ふ。いよ/\仕方がなければ動物園へ持つて行くことにしよう。後肢のつけねの所に小さい黒褐色の傷痕がついてゐる。學校で床へ落ちた時に傷めたのだらうか。背中のギザ/\はハンド・バッグの口に使ふチャックに似てゐる。

 今日も午前中ずつと小爬蟲類を前に、ぼんやり頬杖をついてゐた。少し眠い。前の晩に全然眠れなかつた日より、なまじ一・二時間眠れた次の日の方が眠いのである。うとうとしかけてハツと氣がついた瞬間、目の前のカメレオンの顏が、ルヰ・ジュウベエ扮する所の中世の生臭坊主に見えた。カメレオンと簑蟲《みのむし》との對話といふレヲパルディ風のものを書いて見度くな
前へ 次へ
全44ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング