けり つめたき星の上に獨りゐて
[#ここで字下げ終わり]
今迄和歌を作つたことのない私が、こんな妙なものを書散らしては、自ら球根のうた[#「うた」に傍点]と哂ふのである。
金魚鉢の中の金魚。自分の位置を知り、自己及び自己の世界の下らなさ・狹さを知悉してゐる絶望的な金魚。
絶望しながらも、自己及び狹い自己の世界を愛せずにはゐられない金魚。
幼い頃、私は、世界は自分を除く外みんな狐が化けてゐるのではないかと疑つたことがある。父も母も含めて、世界凡てが自分を欺すために出來てゐるのではないかと。そして何時かは何かの途端に此の魔術の解かれる瞬間が來るのではないかと。
今でもさう考へられないことはない。それを常にさうは考へさせないものが、つまり常識とか慣習とかいふものだらう。が、其等も私のやうな世間から引込んでゐる者には、もはや、さう強い力をもつてゐない。照明の變化と共に舞臺の感じがまるで一變するやうに、世界は、ほんのスヰッチの一ひねりで、さういふ幸福な(?)世界ともなり得るし、又同じ一ひねりで、荒冷たる救ひのないものともなる。私にとつて其のスヰッチが往々にして、呼吸困難の有無であり
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