もより多くあり得ることに思ひ込み、さうして、さういふ場合でも決して落膽せぬやうに自分を納得させてから、出掛けるのである。
何事に就いても之と同樣で、竟《つひ》には、失望しないために、初めから希望を有《も》つまいと決心するやうになつた。落膽しないために初めから慾望をもたず、成功しないであらうとの豫見から、てんで努力をしようとせず、辱しめを受けたり氣まづい思ひをし度くないために人中へ出まいとし、自分が頼まれた場合の困惑を誇大して類推しては、自分から他人にものを依頼することが全然できなくなつて了つた。外へ向つて展かれた器關を凡て閉ぢ、まるで掘上げられた冬の球根類のやうにならうとした。それに觸れると、どのやうな外からの愛情も、途端に冷たい氷滴となつて凍りつくやうな・石とならうと私は思つた。
[#ここから2字下げ]
我はもや石とならむず 石となりて つめたき海を沈み行かばや
氷雨降り狐火燃えむ 冬の夜に われ石となる黒き小石に
眼《め》瞑《と》づれば 氷の上を風が吹く われ石となりて轉《まろ》びて行くを
腐れたる魚のまなこは 光なし 石となる日を待ちて吾がゐる
たまきはる いのち寂しく見つめ
前へ
次へ
全44ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング