ず、願《ねがわ》くは有志の士は自ら寒中登岳してその労を察せられんことを。
 予は実にこの経験によりて、造化の執拗《しつよう》にしてますます気象の畏《おそ》るべきものなることを知ると共に、山頂と山下《さんか》との総ての気候は、いわゆる霄壌《しょうじょう》の差異あることを認め得たり、下山の途中既に五合目辺に下れば、胸部自ら透《す》きて、心神爽快を覚え、浮腫知らず識《し》らず、減退して殆んど常体に復し、全く山麓に達するに及びては、いわゆる形容|枯槁《ここう》の人となり、余人は寒気耐え難しといい合えるにもかかわらず、予らはさほどに寒気を感ぜず、また今まで食気更に振わざりしに引かえ忽《たちま》ち食慾を奮起し、滞岳中に比すれば無論多食せしといえども、更に胃を傷《そこな》うことなかりし、これによりて見るに、滞岳中食気振わざりしは、強《あなが》ち直接に胃の衰弱せしためのみに非《あら》ずして、山頂と寒気さほど差違なき五合目辺に於て、已に爽快を覚ゆるを以て考うれば、その身体に異常を感ずるものは、ただ気圧の点あるのみ、勿論運動または沐浴《もくよく》の不如意《ふにょい》等も、大に媒助《ばいじょ》する所ありしに
前へ 次へ
全22ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
野中 至 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング