ねば、大は世界及び国家の事より、小は一家及び我が子の事までもむらむらと思い起さざるにはあらねども、男子の本領として屑《いさぎ》よく放棄したり。
既に夜半過ぎなりしかと覚えし頃、漸く人心地《ひとここち》に立ち還《かえ》りぬ、聞けば予が苦しさの余りに、仙台萩《せんだいはぎ》の殿様《とのさま》が御膳《ごぜん》を恋しく思いしよりも、なお待ち焦《こが》れし八合目の石室《せきしつ》の炉辺に舁《か》き据《す》えられ、一行は種々の手段を施こし、夜を徹して予が病躯《びょうく》を暖《あた》ためつつある真最中なりしなり、さて予は我に還るや、俄《にわ》かにまた呼吸の逼迫《ひっぱく》、凍傷《とうしょう》の難《なや》み、眼球の激痛《げきつう》等を覚えたり、勿論《もちろん》いまだ眼《まなこ》を開くこと能《あた》わざるのみならず、痛みに堪えかねて、眼球を転ずることさえ叶わず、実に四苦八苦の責《せ》めに遇《あ》いしも、もと捨てたりし命を図らずも拾いしに、予に於て毫《ごう》も憂うるに足らず。ただただ以上述ぶる所の場合に、終始一行の骨折《ほねおり》心配は、如何ばかりなりしぞ、実に予が禿筆《とくひつ》の書き尽し得べき所に非
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