行に扶《たす》けられて、吹雪の中を下山せり、胸突《むねつき》を過ぎし頃|日《ひ》は既に西山《せいざん》に傾きしかば寒気一層甚しく、性来|壮健《そうけん》なりとはいえ、従来身心を労し、特に病体を氷点下二十余度に及べる寒風の中に曝《さら》せしことなれば、如何《いか》でかこれに堪《た》ゆるを得んや、最早《もはや》寒風に抵抗して呼吸するの力なく、特に浮腫せる胸部を剛力の背に圧迫せし故、呼吸ますます苦しく、空《くう》を攫《つか》みて煩悶《はんもん》するに至れり、今は刻一刻、気力次第に弱《よ》わり、両眼自ら見えずなりたれば我今これまでと思いて、自ら眼《まなこ》を閉《と》じなばあるいはこれ限《かぎり》なるべし、力の続かんまではと心励まし、歯《は》がみをなし、一生懸命吹雪に向いて見張《みは》りしため、両眼殆んど凍傷に罹《かか》りたるか、色朱の如《ごと》く、また足は氷雪の上を引摺《ひきず》りしため、全く凍傷に罹る等実に散々の体《てい》に打ち悩まされ、ここに気力全く尽《つ》き果《は》てて、終に何時《いつ》となく、人事不省に陥《おちい》りたり、かくの如き際に、普通起るべき感情は、予も強《あなが》ち世捨人なら
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