小児を郷里の父母に托して登山し来るに就きては、幾分心を労することもあるなるべし、その結果妻は十一月上旬に至り、甚《いた》く逆上し、ために平素往々|患《うれ》うる所の、扁桃腺炎《へんとうせんえん》を[#「扁桃腺炎《へんとうせんえん》を」は底本では「扁桃腺災《へんとうせんえん》を」]誘起し、体温上昇し咽喉《いんこう》腫《は》れ塞《ふさ》がりて、湯水《ゆみず》も通ずること能わず、病褥《びょうじょく》に呻吟《しんぎん》すること旬余日、僅かに手療治《てりょうじ》位にて幸に平癒《へいゆ》せんとしつつありしが、造化は今の体《たい》の弱みに乗じたるものならんか、いわゆる富士山頂の特有とも称すべき、浮腫《ふしゅ》に冒《おか》され、全身次第に腫《ふく》れて殆んど別人を見るが如き形相となりたり、この浮腫《ふしゅ》ということは、山頂に於て多少|免《のが》るる能わざるものなることを、後《のち》にこそ知るを得たるなれ、当時は初めてにして、特に医業の門外漢たる予らには、なおさらその原因を極むるに由なく、少《すくな》からず心を痛めたり、もとよりその辺の用意は一と通り為《な》したりしも、かかる病魔に襲われんとは、全く思
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