二、三人と共に猛烈なる吹雪に遮《さえぎ》られあるいは依頼品を吹飛ばさるる等、僅かに必要の文書類を、倔強《くっきょう》なる二人に依頼して持ち行かしめ、他は皆《み》な八合目の石室《せきしつ》に止まりたりしも如何にも残念なりとて、一人を追躡《ついじょう》して銀明水《ぎんめいすい》の側《かたわら》まで来りしに、吹雪一層烈しく、大に悩み居る折柄、二人は予らに面会を了《おわ》りて下るに遇《あ》い、切《しき》りに危険なる由を手真似《てまね》して引返すべきことを促《うなが》せしかば、遂に望みを達し得ざるのみならず、舎弟は四肢《しし》凍傷《とうしょう》に罹《かか》り、爪《つめ》皆《みな》剥落《はくらく》して久しくこれに悩み、後《の》ち大学の通学に、車に頼《よ》りたるほどなりしという。
それより程なく、予が実に忘るる能わざる明治二十八年十二月二十一日は来りぬ、和田中央気象台技師、筑紫《つくし》警部、平岡巡査らは倔強《くっきょう》の剛力を引率し、一行十二人注意周到なる準備を為《な》して、登山し来られたり、そもそも下山は予に於て実に重大の関係あるが故に、差当《さしあた》りこの病を医すべき適切なる薬餌《やくじ》を得、なお引続き滞岳《たいがく》して加養せんことを懇請《こんせい》したれども、聴《き》かれざりしかば、再挙の保証として大に冀望《きぼう》する所あり、かつこの事業の遠大を期するものなることを慮《おも》い、遂に一旦下山に決したり、ここに於て予は遂に造化の陰険なる手段に敵すること能わずして、全く失敗に帰したるなり、これに就きても予はこれまでの実験上、ますます気象の人世《じんせい》に最大関係あることを確認するを得たり、内地に於ける各種の企業者にして、しかも平地に於てすら、往々|身体《しんたい》の健康を傷《そこな》いて失敗するものあり、いわんや海の内外土地の開《かい》未開《みかい》を問わず、その故郷を離れて遠く移住せんと欲するもの、もしくは大に業を海外に営まんと欲するものの如きは、先ずその地の気象を調査すること最大要務なりとす、従て平素より気象なるものに注意し、これが観念を養うを要す、然《しか》らざればあるいは失敗に帰するに至るべきなり、あに戒《いまし》めざるべけんや。
予はここに於て終に十年来の素志《そし》を達する能わずして、下山の止《や》むべからざるに至りたれば、腑甲斐《ふがい》なくも一
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