い寄らざることなれば、僅かに下剤を用いなどして、一向《ひたす》ら恢復を祈りしも、浮腫容易に減退するに至らず、然るに如何《いかん》せん、これを平地に報ずる道なく、さればとて猛烈なる吹雪の中を下らんことは、到底一、二人の力を以て為し得べきにあらず、またこれを下山せしめんことは無論当人の本意に非ざるべしなど、これを患者に語ることの、病《やまい》に障《さわ》りあらんを思い、独《ひと》り自ら憂慮に沈みたりしが、もとこれ無人《むにん》の境、あるいは斯計《かばか》りのことあらんは、予め期したることなるにと思い返し、よしよし万一|運《うん》拙《つたな》くして斃《たお》れなば飲料用の氷桶《こおりおけ》になりと死骸《しがい》を入《い》れ置《お》くべしなど、今よりこれを顧《おも》えば笑止に堪《た》えずといえども、当時はかかる事も心に期したることありき、然るに如何なる幸運にか、十一月下旬に至り、浮腫日を追うて減退し、十二月の初には、不思議にも全く常体に復し、前日の如く忠実に彼《か》れが負担の業務を執《と》り得《う》るに至りたり、ここに於て室内も、自ら陽気となり、始めて愁眉を開くことを得《え》、予が看護中の心事《しんじ》など、打語《うちかた》りつつありしこと、僅かに二、三日にして又々大に憂うべきこと出《い》で来《きた》りたり、他にあらず予もまた浮腫に冒されたることこれなり。
 予が漸次《ぜんじ》浮腫を来《きた》すや、均しく体温上昇し、十二月は実に病《やまい》の花盛りなりしが如し、然れども足を引摺《ひきず》りながらも、隔時の観測だけは欠くことなかりしが、予の浮腫も全く妻のと同質なりと推定したれば、已《すで》に幾分経験あるを以て、今回は敢て驚くことなかりしといえども、漸次病勢を増すに及びては、妻もまた予が彼れを看護せし時と、同様の心事を繰り返しつつありたるものの如し、折節図らずも山麓有志者の、寒中数回登山を企て、しかも一行数人の内、倔強《くっきょう》なるもの僅かに二人のみ万艱《ばんかん》を排して始めてその目的を達して来訪せられしに遇《あ》いしかば、予はその当時の病状を決して他に告ぐるなからんことを誓《ちか》いおきしに、何時《いつ》しかその筋の耳にまでも入る所となりしなり、けだし予の浮腫は登山前より、多少の疲労に乗じて妻のよりも幾分重かりしならん、来訪者の一行中には予が舎弟も加わりし由なれども、他
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
野中 至 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング