受けますわ、――私たちの平和を何か乱せるというのでしょう。」
しかし、運命のそのほかのどんな賜物にもまして大事にしたエリザベートのそういうことばをもってしても、私の胸のなかにひそむ悪鬼を追い払いかねたのであろうか。その話をしている時でさえ、今にも例の殺人鬼が私のところからエリザベートを奪いに近寄って来はしないかと怖れて、そっと寄り添うのだった。
こうして友情のやさしさも地や天の美しさも、私の魂を憂愁のなかから救い出すことはできず、愛のことばも効きめがなかった。私は、慈愛にみちた力も突き抜けることのできない雲に取り囲まれていたのだ。人の入りこまぬどこかの叢林を指してふらふらする脚を曳きずりながら、そこで突き刺さった矢を眺めて死ぬ鹿――それが私の象徴でしかなかった。
ときには、自分を圧倒する陰欝な絶望感に対抗することもできたが、また、ときには、魂の旋風的な情熱に駆り立てられて、肉体の運動や場所の転換で、堪えられぬ感情からいくらかでも救われようとすることもあった。とつぜんに家を飛び出し、近くにあるアルプスの谿谷に足を向けて、あの光景の壮大性、永遠性のうちに、人間なるがゆえのはかない悲し
前へ
次へ
全393ページ中151ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング