私の破壊者もその廃墟のなかに埋まるような、大変革か何か起ればよいと思うのだった。
 巡回裁判の季節が近づいた。私はもう三箇月も監獄におり、まだ弱っていてたえず再発の危険もあったのに、裁判の開かれる州庁のある町まで、百マイル近くも行かなければならなかった。カーウィン氏は自分で証拠を集め、私の弁護の手筈をきめるために、あらゆる気を配ってくれた。この事件は、生死を決定する裁判にはかけられなかったので、私は、犯罪者として公衆の前に姿をさらす不名誉をまぬかれた。私の友人の死体が見つかった時刻には、私がオークニー諸島に居たことが証明されたので、大陪審([#ここから割り注]十二名ないし二十三名から成り、小陪審の手に移る前に告訴状の審査をするもの―訳註[#ここで割り注終わり])がこの告訴を却下し、この町へ来てから二週間後には、私は監獄から釈放された。
 私か罪の嫌疑を受けた無念さから解放されて、娑婆の新鮮な空気を呼吸することをふたたび認められ、故国へ帰ることを許されたのを見て、父はすっかり喜んだ。私はそんな気もちにはなれなかった。私にとっては、牢屋の壁も宮殿の壁も、どちらも同じように憎らしかったからだ。生命の盃が永久に毒されていたので、太陽が幸福な楽しい人々を照らすと同じように私を照らしはしたものの、私を見つめる不達の眼のかすかな光しかさしこまぬ、濃い、恐ろしい暗黒のほかには、何ひとつまわりに見えなかった。その二つの眼が、死んでしまって窶れたアンリの表情的な眼、あの、瞼にほとんど蔽われた黒っぽい眼球や、それをふちどる長くて黒い腿毛になることもあり、そうかとおもうと、インゴルシュタットの私の部屋ではじめて見た時の、例の怪物の、白ちゃけてどんよりした眼になることもあった。
 父は私を愛情に眼ざめさせようとした。そこで、まもなく私か帰るはずのジュネーヴのこと――エリザベートやエルネストのことを話して聞かせたが、それはただ、私から深い呻き声を引き出すことだけのことであった。私は、幸福を求めようと願って、私の愛する従妹のことを憂欝な喜びをもって考えることもあったし、また、望郷の念にかきむしられて、子どものころ親しんだ青い湖やローヌの急流をもう一度見たいと熱望することもあったが、私のだいたいの気もちは、自然の神々しい情景も監獄もどうせ同じことだと思うような麻痺状態になっていて、たまにそういった願いがむらむらと起ってきても、それは苦悶と絶望の発作で中断されるだけのことであった。私は再三、なんとか忌わしい存在に結着をつけようとしたので、私が何か恐ろしいむちゃなことをしでかさないように、たえず人が附き添って見張りしている必要があった。
 とはいえ、私には一つの義務が残っていて、考えがそこへいくと、結局は自分の利己的な絶望をひっこめないわけにいかなかった。必要なことは、即刻ジュネーヴに帰って自分の熱愛する人たちの命を見張りし、あの殺人鬼を待ち伏せて、やつの隠れ家のある所に乗りこむような機会があれば、あるいは、やつがふたたび現われて私に危害を加える気になったとすれば、狙いあやまたず、あの奇怪な姿の存在をかたずけることであった。やつの姿は、魂のなかでなおさら奇怪なものとなって私を愚弄するのであった。父は、私が旅の疲れに堪えられないだろうと気づかって、まだ出発を延ばしたいと考えた。というのは、私に打ち砕かれた残骸――人間の影であった。私は腑抜けになってしまった。私は骸骨でしかなく、しかも夜となく昼となく熱が私の体を衰弱させるのであった。
 それでも、私がいらいらして、しつこくアイルランドを立つことをせがむので、父は、私の言いなりにするほうがいちばんよいと考えた。私たちは、アーヴル・ド・グラースへ行こうとしている舟に乗り、順風を受けてアイルランドの海岸から出帆した。それは真夜中のことだった。私は、甲板に横になって星を眺め、波のぶつかる音を聞いた。私は、アイルランドを視野から閉ざす暗やみを喜んだ。まもなくジュネーヴが見れるのだと考えると、熱っぽい喜びで脈搏が鼓動した。過去は、怖ろしい夢のなかのように見えた。けれども、乗っている船と、アイルランドの忌まわしい海岸から吹く風と、あたりの海は、自分が幻想にだまされているわけでないこと、私の友人でありもっとも親しい仲間であったクレルヴァルが、私と私のつくった怪物のために犠牲者となったことを、いやおうなしに認めさせるのであった。私は、記憶の糸をたぐって、自分の全生涯を、家の人たちとジュネーヴに住んでいたころの穏かな幸福、母の死、自分のインゴルシュタットへの出発などを憶いかえした。見るも怖ろしい敵を造り出すように私を駆りたてたあの病的熱狂を憶い出して、私は戦慄し、あいつがはじめて生命を得た夜のことを追想した。私は、筋みちを辿って考える
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