のことをよく知っているらしいのにもかなりびっくりした。私の顔にかなり驚きが現われたと見え、カーウィン氏は急いで言った――
「君が病気になってからすぐ、身につけておられた書類がわたしのところに来たので、それを調べてみると、かなりの手がかりを見つけて、それでお家の人たちに、君の不運や病気のことを言ってやることができたわけですよ。というのは、数通の手紙が見つかり、その一通が、書き出しから見て、君のお父さんからだということがわかったのです。わたしは、さっそく、ジュネーヴへ手紙を出しました。その手紙を出してから、もうかれこれ、ふた月になりますよ。――それはそうと、君は病気ですね。今もまだ慄えていますよ。少しでも興奮してはいけませんな。」
「この不安は、どんなに恐ろしいことより千倍もこたえるのです。おっしゃってください、新しい死の舞台がどんなふうに演じられたか、こんどは誰が殺されて悲しむことになるのか。」
 カーウィン氏はやさしく言った、「御家族はまったく無事です。ところで、どなたか、お友だちがあなたを訪ねて来ていますよ。」
 どんな考えからそう思うようなことになったのかわからないが、殺害者が私の不幸を嘲笑しにやって来て、やつの鬼畜のような願望に私を同意させるための新しい刺戟として、クレルヴァルが死んだと言って私を罵るのだということが、たちまち私の頭に浮んだ。私は手で眼を掩って悶えながら叫んだ。――
「おお! そいつを追いはらってください! 僕は会うわけにいかないんだ。後生だから中に入れないでください!」
 カーウィン氏は困った顔をして私を眺めた。氏は、私がわめきたてるので、どうやら有罪かもしれないと見ないわけにいかなくなって、どちらかといえば厳しい語調で言った。――
「君のお父さんが見えたとしたら、そんなひどい反感を見せないで、歓迎するにちがいないと、わたしは思うがね。」
「父ですって!」と私は叫んだが、苦悶が歓びに代ってそのために顔の造作も筋肉も弛んだ。「父がほんとに参りましたか。それはそれは御親切に! だけど、どこにいるんです、どうして急いで来ないのでしょう。」
 私の態度が変ったので、知事は驚きもし喜びもした。知事は、私がさっき喚きたてたのは、精神錯乱の一時的再発だったと考えたらしく、またすぐ以前の思いやりのある態度に変った。そして、起ちあがって附添人といっしょに出ていったが、入れかわりに父が入ってきた。
 このとき、父が来てくれたほど嬉しいことはなかった。そこで私は、手をさしのべて叫んだ、――
「それじゃ御無事でしたね、――エリザベートは――それからエルネストは?」
 父はみんな達者だといって私をおちつかせ、私の関心をもっていることを詳しく話して、私のげっそりした気分を引き立てて元気にしようとしたが、まもなく監獄というものに楽しく住めるわけがないと感じた。「おまえの住んでいる所は、まあなんとしたものだ!」と言って父は悲しげに、格子のはまった窓や部屋のあさましい様子を眺めた。「おまえは幸福を求める旅に出たのに、運命がおまえを追いまわしていると見えるね。それにしても、きのどくなクレルヴァルは――」
 運わるく殺された友人の名は、この弱りきった状態では、なかなか堪えられない刺戟であった。私は涙を流した。
「ああ! そうなんです、お父さん。何かしらひどく怖ろしい宿命が僕に迫っていて、それが終るまで僕は生きなくちゃならないのです。でなかったら、僕はきっとアンリの棺の上で死んでしまったはずですよ。」
 私たちは長く話しこむことを許されなかった。私の健康状態がまだ心配なので、安静を保つためにできるだけの用心が必要だったからだ。そこで、カーウィン氏が入って来て、無理をして力を出しきってはいけないと主張した。しかし、父が現われたことは、私には護り神が現われたようなもので、私はだんだん健康を恢復した。
 病気が治ると、私は、何ものも消すことのできない陰気な暗澹とした憂欝に浸るようになった。ぞっとするほど蒼ざめた、殺されたクレルヴァルのおもかげが、しじゅう眼の前にあった。こういう考えに興奮して危険なぶりかえしが来はすまいかとみんなが心配したことは、一再ならずあった。ああ! どうしてみんなが、こういったみじめでいやな生活をするのだろう。それは、きっと、今や終りに近づいている私の運命を満足させるためであった。まもなく、おお! まさにまもなく、死がこの脈搏を断って、屍になるまで私にのしかかる苦悶のたいへんな重みから、私を救ってくれ、そして正しい審判をおこなうことによって、私もまた安息にひたることができるだろう。そうなってほしいという思いが、いつも念頭を去らないのに、死の姿はいま遠のいてしまった。私はよく、何時間も身しろぎもせず、ものも言わずに腰かけて、私も
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