ことができず、万感こもごも胸に迫ってたださめざめと泣くのであった。
熱病が治ってからはずっと、毎晩、ごく少量の阿片丁幾を用いる習慣がついていた。命を持ちこたえるために必要な休息を取るには、この薬にたよるほかはなかったからだ。さまざまな不運の想い出に打ちのめされると、こんどはいつもの倍の量をのんで、そのおかげでまもなくぐっすりと眠った。しかし、眠っても、もの思いやみじめさからのがれてくつろぐことができず、夢のなかにさえ私をおびえさせるものが無数に出てくるしまつであった。明けがたには、夢魔のようなものにうなされ、魔物に頸を締められるような気がしても、それを振りきることができず、呻き声と叫び声が耳にひびいた。私を見守っていた父は、私が寝苦しそうにしているのを見て、私を起した。しかし、ぶつかって砕ける浪がまわりにあり、曇った空が上にあるばかりで、例の魔ものはここにいなかったので、とにかくひとつの安心感、すなわち、現在のこのときと、のっぴきならぬ惨澹たる将来とのあいだに休戦が成り立った、という気もちが、一種の穏かな忘却を与えてくれた。人間の心は、別して忘却には陥りやすくできているのだ。
22[#「22」は縦中横] 帰郷と結婚
航海は終った。私たちは上陸してパリへ行った。私は自分が体力を酷使してきたこと、これ以上旅をつづけるにはどうしても休息しなければならぬことが、まもなくわかった。父は、疲れを見せずに私を世話し、めんどうをみてくれたが、私の苦悩が何から来ているのかがわからず、この不治の病を医そうとして誤まった方法を考えた。父に私に、人との交際に楽しみを求めさせようと思ったのだ。ところが、私は、人の顔を見るのが嫌いだった。いやいや、嫌いなものか! そういった人たちは、私の兄弟、私の同胞であって、そのなかのどんないやらしい者でも、天使のような性情と天人のような性分をもった人間と同じように、私を惹きつけるのであった。しかし、自分には、その人たちと交際を共にする権利がない、という気がした。人の血を流し人の呻き声に聞きなれて喜ぶ敵を、この人たちのあいだに、野放しにしたのだ。私の穢らわしい行為と私から出た犯罪のことを知ったとすれば、この人たちは、みんなで私を嫌い、世間から追い出してしまうことだろう!
父もとうとう、人とのつきあいを避けたいという私の願いに譲歩し、議論をいろいろ持ち出して私の絶望をほくしようとした。ときには、私が殺人の嫌疑に答えなければならないのをひどく屈辱的なことだと感していると考え、誇りなどは何にもならないものだということを証明しようとした。
「ああ、お父さん、」と私は言った、「お父さんは、僕のことはごぞんじないのです。僕のような悪い者が自尊心をもつとしたら、人間は、人間の感情や情熱は、ほんとうに屈辱的なものになりますよ。ジュスチーヌは、きのどくで不しあわせなジュスチーヌは、私と同じように罪がなかったのに、同じように嫌疑をかけられて、苦しみそのために死んでしまいました。原因は私にあるのですよ、――私が殺したのです。ウィリアムも、ジュスチーヌも、それからアンリも――みんな私の手にかかって死んだのです。」
私の入獄中に、父は再々、私がこれと同じようなことを言うのを聞いており、私がこんなふうに自分を責めると、説明を聞きたがっているように見えることもあったが、また一方、それを錯乱状態の結果だと考えるように見えた。病気中に何かそういうことが考えられるのではないかと想像したが、恢復期になっても私はそのことをおぼえていた。私は説明を避け、自分がこしらえた怪物についてはどこまでも沈黙を守った。私は気が狂っていると考えられたほうがよいと考え、そのためにしぜん、あくまで口をつぐむことになるのであった。それに、また、聞く者を驚愕させ、恐怖とあるまじき嫌悪感をその人の胸に抱かせるにちがいないような秘密を、どうしても漏らすことはできなかった。だから、同情してもらいたいという堪えがたい渇望を抑え、この致命的な秘密を人にうちあけたいとおもう時でも、黙っていた。それでも、なお、前に述べたようなことばが抑えきれなくなっておもわず飛び出すのであった。そういうことを説明するわけにはいかなかったが、それが実際であったことは私の奇怪な災難の重荷をいくぶん軽くしてくれた。
こういうばあい、父はどうも不審でたまらぬという表情で言うのであった、「ヴィクトルや、おまえ正気でそんなことを言っているのかね。ねえ、頼むから、二度とそんなことを言わないようになさい。」
「僕は狂っているわけじゃないのです。」と私は力をこめて叫んだ、「僕のやったことを見ていた太陽や天なら、僕の言うことが真実だということを、証明してくれますよ。なんの罪もないあの犠牲者たちを殺したの
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