『それはなるほどおきのどくですね。しかし、ほんとに疚しくさえなければ、この人たちの非をさとらせることができるのじゃありませんか。』
「『そうしようと思っているところですよ。それで、そのためにいろいろ心配でたまらないのです。わたしはその人たちが心から好きで、知られないようにして、もう幾月も毎日親切なことをしてあげるのを習慣にしていますが、この人たちは、わたしが害を加えるというふうに思いこんでいるのですね。わたしが無くしたいとおもっているのは、この偏見なのです。』
「『その人たちはどこにお住まいですか。』
「『この近くです。』
「老人はちょっと黙っていたが、やがて話をつづけた、『あなたがもし、身の上の話を腹蔵なくうちあけてくださるなら、ひょっとしたらわたしが、その人たちの誤解を解くのにおやくにたつかもしれません。わたしは盲人ですから、お顔を判断することはできませんが、おことばをうかがったかぎりでは、どこかまじめな方のように受け取れます。わたしは、貧乏人で、しかも追放者ですが、何かのことで人さまのおやくにたてたら、ほんとうに嬉しいのですよ。』
「『たいへんおりっぱなことです! ありがとうこざいます。おことばに甘えさしていただきます。御親切のおかげで、泥まみれのところから浮び上れます。お助けいただければ、きっとわたしは、あなたの同胞の方々から追い出されずに、おつきあいと同情を願えるでしょう。』
「『追い出すなんて、そんなことがあるものですか! たとえあなたがほんとうに罪人であったとしても。そんなことをしたら、あなたをそれこそ、ほんとうの絶望に追いこむだけのことで、徳を積ませるようなことにはなりませんよ。わたしだって不運なのです。わたしの一家は、罪もないのに断罪されました。ですから、あなたの不しあわせに思いやりがあるかないか、おわかりになるでしょう。』
「『なんと言ってお礼を申しあげたらよいか、あなたはわたしの、たった一人の、このうえもない恩人です。はじめてわたしは、あなたのお口から親切な声を聞きました。御恩は永久に忘れません。あなたのこの情深さから見て、これからお目にかかろうとしている方々のばあいも、うまくいくという気がします。』
「『その方々のお名まえとお住まいを承ってもいいですか。』
「わたしは黙った。おもうに、これこそ永久に幸福を奪い去られるか、それとも幸福を与えられるかを決する瞬間であった。それにはっきり答えられるだけの確乎としたものをつかもうとして、わたしは、むなしくもがいたが、この努力に、残っている力が根こそぎ引きぬかれ、椅子に半身をのめらせながら、声を出してむせび泣いた。その瞬間、若い人たちの足音が聞えた。一秒だってもうぐずぐずしてはおれなかったが、それでも老人の手を掴んでわたしは叫んだ、『その時が来ました!――わたしを助けで保護してください! あなたとあなたの御家族が、わたしの求めている方々なのです。せっぱつまったこの時こそ、わたしを見棄てないでください!』
「『なんということだ! あなたは誰です?』と老人は叫んだ。
「そのとき家の戸が開いて、フェリクスとサフィーとアガータが入って来た。わたしか見たときのこの人たちの恐怖と驚愕を、誰が形容することができよう。アガータは気絶し、サフィーはそれを助け起すこともできずに家の外へ跳び出した。フェリクスは突進して来て、老人の膝にすがりついていたわたしを、人間わざとおもえない力で引き離し、怒りにまかせてわたしを地面にたたきつけ、棒でわたしを烈しく殴りつけた。獅子が羚羊《かもしか》を引き裂くように、あいての手足を一本一本引き裂くことまできた。しかし、ひどい病気にかかったみたいで心がめいったので、それも思いとどまった。またまた殴りつけようとしているのを見たので、痛さ苦しさに堪えかね、家を跳び出して、大騒ぎしているあいだに人知れず自分の小屋に逃げこんだ。
16[#「16」は縦中横] 怪物の旅
「呪われた、呪われた創造者よ! わたしはどうして生きたのか。ふざけ半分に与えた存在の火花をどうして消しとめなかったのか。わたしにはわからない。まだ絶望しきってはおらず、わたしの感情は怒りと復讐に燃えていた。わたしには、その家と住んでいる者どもをめちゃめちゃにし、その悲鳴とみじめさに腹鼓を打って、喜ぶことだって、できるわけだった。
「夜になると、わたしは、隠れ家を出て、森のなかをぶらついた。今はもう、見つかるのを怖れてびくびくすることもなかったので、おそろしい哮え声をあげて苦悩をぶちまけた。まるで罠を破った野獣のようで、邪魔になるのをたたきこわしながら、鹿のような速さで森じゅうをうろつきまわった。おお! なんというみじめな夜を過ごしたことだろう! 冷たい星が嘲るように光り、裸の木々が
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