の戸口に立った貧乏人で、まだ追いはらわれた者はなかったのだ。わたしはたしかに、わずかばかりの食べものや休息よりも大きな宝を求め、親切や同情を欲したのだが、自分にその資格がてんで無いとは思わなかった。
「冬も深くなって、わたしが生命に眼ざめてから、四季がまるまる一めぐりした。このときわたしの注意は、自分を家の人たちに引き合せる計画だけに向けられていた。あれやこれやと、いろいろ計画をめぐらしましたが、最後に決めたのは、盲の老人がひとりでいる時に家に入って行くことであった。以前にわたしを見た人たちが怖れたのは、主としてわたしの姿の不自然な無気味さであった、ということがわかるほど、わたしは賢くなっていたのだ。わたしの声は、耳ざわりではあるが、そのなかには怖ろしいものがなかった。だから、もしも若い連中の居ないあいだにド・ラセー老人の善意ととりなしを得ることができれば、そのために若い人たちに咎められないですむかもしれない、と考えた。
「ある日、地面に散らばった紅葉を陽が照らして、暖かくはなかったが晴ればれとしていたとき、サフィーとアガータとフェリクスは遠足に出かけ、老人は自分から望んでひとりで畄守《るす》をしていた。みんなが出かけると、老人はギターを取り出し、悲しげであるが甘美な、今までに聞いたことのなかったほど甘美で、しかも悲しみにみちた曲を、いくつか奏でた。はじめのうちは、その顔は歓びに輝いていたが、続けているうちに、考えこみ、悲しみはじめたかとおもうと、おしまいにはとうとう、楽器をわきにおいて、もの思いにふけるのだった。
「わたしの心臓は速く鼓動した。これこそ、わたしの希望を解決するか、それとも怖れていたことが事実となってあらわれるかの、試煉の時であり、瞬間であった。召使たちは近所の市へ出かけていった。家の内も外も静まりかえり、絶好の機会だった。とはいえ、計画をいざ実行に移すとなると、手足がいうことをきかなくなって、わたしは、地面にへたばりこんだ。ふたたび立ちあがって、できるだけの断乎たる力を揮い起しながら、自分の足どりをくらますために小屋の前に立ててあった板を、取りのけた。すると、新鮮な空気にあたって元気が出たので、決意を新たにして家の戸口に近づいた。
「わたしは戸をたたいた。『どなたです?』と老人が言った、――『お入りください。』
「わたしは中に入って言った、『とつぜんに参りましてすみません。わたしは旅の者ですが、ちょっと休ませていただきたいとぞんじまして。ほんのちょっとのあいだ、火のそばに居させていただければ、たいへんありがたいのですが。』
「ド・ラセーは言った、『さあ、お入りになって。お望みに添えるようにはできるでしょうが、あいにく子どもたちが畄守でして、それにわたしが盲なものものですから、食べものをさしあげかねるようなわけですが。』
「『どうぞおかまいなく、食べものはもっていますから。暖まって休めるだけでけっこうです。』
「わたしは膝をおろして、そのまま黙っていた。一分でもたいせつなことはわかっていたが、どんなふうに話をきりだしたらよいか迷った。と、そのとき老人が話しかけた――
「『お客さんは、おことばから察しますと、わたしの国の方のように思われますね。――フランスの方ですね?』
「『いいえ、そうじゃありませんが、フランスの家庭で教育されまして、フランス語しかわからないのです。わたしは今、自分が心から愛する方々、そしていくらかは好意を寄せてもらえそうな気がする方々の保護を願おうと思っているところなのです。』
「『それはドイツの方ですか。』
「『いいえ、フランス人なのです。けれども、話題を変えましょう。わたしは、不しあわせな、見棄てられた者です。どこを見ても、この世には親戚も友人もありません。わたしが目あてにしでいる親切な方々は、わたしを見たことはありませんし、わたしのことはごぞんじないのです。わたしは心配でたまりません。というのは、もしもそこでしくじったとしたら、永久にこの世の追放者になってしまうのですよ。』
「『絶望しなさるな。友だちがないのは、なるほど不運なことですが、人間の心は、明白な利己心に捉われないときは、兄弟のような愛情や慈悲に満ちているものですよ。ですから、希望をつなぐことですね。しかも、その人たちが善良でやさしいのだとしたら、何も絶望なさることはありませんよ。』
「『親切な方々なのです――この世でいちばんりっぱな方々です。ただ、あいにく、わたしに対して偏見をもっているのです。わたしは善良なたちでして、今まで悪事をはたらかず暮してまいりましたし、いくらか人のやくにもたちましたが、致命的な偏見のためにこの人たちの眼が曇って、わたしを思いやりのある親切な友人と見てよいところを、まるで蛇蝎視するだけなのです。』
「
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