見者たちの名を語ることから、その講義を開始した。それから科学の現状を見わたし、その基本的な術語をいろいろ説明した。二、三度予備的な実験をやってから、近代化学に讃辞を呈して話を終ったが、そのときのことばを私は忘れはしないだろう、――
「この科学というものを教えた昔の教師たちは、できないことを約束したが、何ひとつ完成していないのです。近代の教師たちはあまり約束をしないし、金属が変質せず不老不死の薬は妄想だということを知っています。しかし、手は泥をこねるためにだけ作られたように見え、眼は顕微鏡か坩堝《るつぼ》をのぞくために作られたように見えるこの哲学者たちが、それこそ奇蹟を完成したのです。この人たちは自然の秘奥にどこまでも入りこみ、眼につかないところまでそれがどんなふうにはたらいているかを示した。この人たちは、天に昇った。血の循環のしかたや、わたしたちの呼吸している空気の性質を発見した。ほとんど無限の新しい力を手に入れた。天上の雷を意のままにしたり、地雷をまねたりすることができる。それ自体の蔭のある眼に見えぬ世界を釣り出すことだってできるわけです。」
 これが教授のことばであったが、それはむしろ、私を破滅させるために発せられた運命のことばだ、と言いたいくらいであった。教授が話をつづけているうちに、私は、自分の魂が、手ごたえのある敵と格闘しているのを感じた。すると、自分の存在機構をなしているいろいろな鍵が一つ一つ手でいじられ、絃が一本一本鳴らされ、やがて一つの思想、一つの観念、一つの目的で自分の心がいっぱいになった。してきたことはこれだけなのだな――よし、と、私フランケンシュタインの魂が叫んだ――もっと、もっと多くのことを私はやりあげるぞ。すでに目じるしのついているとおりに歩いていって、新しい道の先駆者となり、未知の力を探究し、創造のもっとも深い秘奥を白日のもとにあばいてやるぞ。
 その夜私は、まんじりともしなかった。内部の存在が動乱状態になってしまって、そこから秩序が生れるものとおもったが、私にはそれをつくりだす力がなかった。夜が明けてからしだいに眠くなってきた。眼をさましてみると、昨夜の考えは夢のようだった。そこには、自分の古い研究に戻り、私自身が生れつき才能をもっていると信じている科学に身を捧げよう、という決意だけが残った。同じ日に私は、ヴァルトマン氏を訪ねた。この人
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