の私的な態度は、公けのばあいよりももっと穏かな魅力のあるものでさえあった。講義しているうちは、そのものごしに一種の威厳があったが、自宅ではたいへんあいそのよい親切な態度になっていた。私は、クレンペ教授に語したような、自分の以前にやっていたことをこの人に話した。ヴァルトマン氏は、私の研究に関するつまらない話を注意ぶかく聞いてくれ、コルネリウス・アグリッパやパラケルススの名を耳にしてにっこりしたが、クレンペ教授のように軽蔑はしなかった。そして、つぎのように語った、「こういう人たちの疲れを知らぬ熱心さのおかげで、近代の哲学者はそのたいていの知識の土台を得ているのですよ。この人たちは、新しい名称をつけたり一貫した分類にまとめたりすることを、たやすい仕事としてわたしたちに残してくれたが、このことは、この人たちがいわば大いに光明を点ずる道具であったという事実なのだ。天才たちの労苦は、たといまちがったほうに向けられたにしても、とどのつまりは、人類の確乎たる利益になれなかったということは、いつだってほとんどありませんよ。」私は、憶測や衒いのちっともないこのことばを傾聴し、そのあとで、先生の講義は私の近代化学に対する偏見を取り除いてくれました、と述べた。私は、若い者が師に対して払うべき謙譲と尊敬とをもって、自分の志した仕事を焚きつけた熱狂(生きた実験が私を赤面させるにちがいないが)を逐一洩らさずに、慎重なことばづかいで言い表わした。買い求めてよい書物についても、先生の忠言を求めた。
 ヴァルトマン教授は言った、「弟子ができてしあわせだ。君の勤勉さが能力に負けないとしたら、わたしは君の成功を疑いませんよ。化学というものは、進歩がいちばん大きかったし、またこれからもそうだとおもう、あの自然科学の部門であり、それを私が自分の特別の研究科目にしたのは、そういった理由からなのだが、といって、それとともにわたしは、科学の他の部分を否定しやしませんよ。人がもし、人間知識のその部門だけにしかしんけんにならなかったとしたら、それこそなさけない化学者しかできあがらないでしょう。君がもし、ただのつまらぬ実験家でなく、ほんとに科学的になりたいのだったら、数学を含めて自然哲学のあらゆる部門を勉強することをすすめたいですね。」
 それから教授は、自分の実験室に私を伴れていき、さまざまな機械の使い方を説明して、私
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