隷制度の是非の問題とは無関係に、労働の価格といい、人の価格とさえいうであろう。
一七六 狭義の資本は人為的資本すなわち生産せられた資本であって、かつ消滅する資本である。おそらく、土地及び人のほかにも、自然的富で同時に資本であるものも、多少はあるであろう。ある種の樹木、ある種の家畜などがそれである。だが土地のほかには、消滅しない資本はほとんど無い。だから狭義の資本は、人のように、破壊せられ、消滅する。しかもそれらは、人のように自然的再生産によってではないが、経済的生産の結果として現われてくる。その量は人の量と同じく、一定の条件において無限に増加せられる。この資本についても、私は一つの解説を加えておかねばならぬ。すなわち資本は常に産業特に農業において、土地と結合しているということが、それである。しかし私共が土地という場合には、住居、または生産用の建造物、囲障、灌漑排水の設備、一言にいえば、狭義の資本から切り離していうのであることを忘れてはならない。また肥料、種子、収穫前の作物等、土地に伴うすべての収入から切り離しているのはいうまでもない。そして、私共が地用と呼ぶのは、かく考えられた土地の
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