もつものである。
一七五 人もまた自然的資本である。しかし消費され得る資本すなわち使用により破壊せられ、事故により消滅せられ得る資本である。そして人は消滅するが、また生殖によって再び現われてくる。その量もまた一定不変ではなくして、ある条件の下に際限なく増加し得るものである。これについて、一つの解説を加えておかねばならぬ。すなわち、人が自然的資本であり、生殖によって再び現われるといっても、一般に認められつつある社会道徳上の原理すなわち人は物として売買せられるべきものではなく、また家畜のように、農場において増殖し得られるものでもないという原理を斟酌《しんしゃく》せねばならぬ。この理由によって人々は、これを価格の決定理論の中に入れることは無益であると考えるであろう。けれども、まず、人的資本が交換せられるものでないにしても、人的用役すなわち労働は、日々市場において需要し供給せられるし、次に人的資本それ自身も評価せられることがしばしばある。その上、純粋経済学は、正義の観点も利害の観点も全く捨象し、人的資本をも土地資本・動産資本と同様に、もっぱら交換価値の観点から考察するのである。故に、私は、奴
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