村の学校(実話)
アルフオンズ・ドーデー Alphonse Daudet
鈴木三重吉訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
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[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
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/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぱく/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 今からちようど六十年前に、フランスはドイツとの戦争にまけて、二十億円のばい償金を負はされ、アルザス・ローレイヌ州を奪はれました。その土地はこの前の世界戦争で、やつと又とりかへしました。このお話は、アルザス・ローレイヌがドイツ領になつて、村々の小学校も先生がみんなドイツ人にかはつてしまつたときのお話です。
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    一

 私たちの小さな学校は、ハメル先生がどかれてから、がらりとかはつてしまひました。ハメル先生のときには、朝学校へつくと、授業までには、かならず五六分間ゆとりをおいてもらつたものです。みんなはその間、ストーヴのまはりに輪になつて、指をあたゝめたり、着物についてゐる雪やみぞれをおとしたり、お弁当の中身を見せ合つたりしながら、しづかに雑談をしました。ですから、村のとほくのはてから来る子たちも、始業まへのお祈りと点呼とにも、らくに間に合ひました。
 しかし、今ではさうはいきません。どんな遠くのものでも時間には、きつちり着かなければなりません。今度のドイツ人のクロック先生は、じようだん口一つきゝません。八時十五分前から、もう教壇につッ立つてゐます。ぢきわきにはふとい杖がそなへてあります。おくれて来たものはそれでもつてなぐりつけられるのです。だから小さな中庭には、急いでかけつける木靴の音がつゞき、教場の戸口のところで「はい。」と、いきをきらして、あえぎ叫ぶ声を聞かなければなりません。
 このおそろしいドイツ人にたいしては、何一つ、にげ言葉がきゝません。「母さんが洗濯場に下着をはこぶのを手つだつてゐましたから」とも「父さんについて市場へいつたので」とも言はれません。クロック先生は何にも耳に入れてはくれません。この情のない先生の目からは、私たちは、家も家の人もなく、たゞドイツ語ををそはるために、そしてふとい杖でぶたれるために、わきの下に本をかゝへて、小学校の生徒としてこの世に生れて来ただけのものでした。
 ほんとに私も、はじめの間は、ずゐぶんぶたれました。木びき工場をしてゐる私の家からは学校はかなり遠いのでした。それに私のところは、冬は日の出るのがおそいので、よく、遅刻しました。後には毎晩のやうに手の指や背中や、そこらじゆうに、ぶたれたあとの赤いあざ[#「あざ」に傍点]をつけてかへるので、父は、私を寄宿舎へ入れました。
 しかし、寄宿舎はとても、つらくて、なれるまでが中々でした。それは寄宿生にとつてはクロック先生のほかに、クロック夫人がゐるからです。夫人は先生よりも、もつと意地のわるい女です。その上に小さなクロックの一群までがゐるのです。その子たちは、寄宿生をはしご段で追つかけまはします。フランス人はみんななまけものだとどなります。たゞ幸なことに、日曜に母さんが私に会ひに来てくれるときには、いつも食べものをどつさりもつて来ました。
 クロックの家中のものは、だれもかれも大もの食ひなので、母さんのもつて来たものをぱく/\食べました。それで、私だけはこの家の人たちが、かなりよく世話をしてくれるやうになりました。


    二

 私たちの仲間だつた子で、私がいつも、をしい子だとおもふのはガスパール・ヘナンです。ガスパールも、やはり一しよに屋根うらの小さな部屋に寝かされました。二年まへに両親になくなられた子で、粉ひき業をしてゐる叔父が、厄介ばらひに、ハメル先生にたのんで、すつかり学校へまかしたのです。
 ガスパールは来たときには年は十だつたのですが、大がらなので十五ぐらゐに見えました。ガスパールは、その年まで、学校で本ををそはるなぞといふことは夢にも考へず、一日中家の中を走りまはり、外であそびくらして来たのでした。それですから、学校へ入れられると、つながれた犬がくんくんなくのと同じやうに、たゞ泣いてばかりゐました。
 とても人のよい子で、少女のやうな、やさしい目もとをしてゐました。前のハメル先生は、苦心に苦心をかさねて、やつとのことでガスパールを手ならしました。先生は近所に用事が出来ると、ガスパールをお使ひに出してやりました。ガスパールは、そのたびに、自由になつたのをよろこんで、小川にはいつて水をはねとばしたり、日にやけた顔に日射病までうけて来ました。しかしクロック先生になつてからは、まるで、わけがち
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