がつて来ました。
かはいさうにガスパールは、ないしようでフランス語を読み習ふのに、苦労をしてゐるので、ドイツ語は一つもおぼえるひまがありませんでした。ガスパールはドイツ語の一つの動詞の変化を口に言はされるのに、数時間もつッ立ちつくしてゐました。ガスパールの、しわめた眉の中には、習はうとする注意よりも、剛情と怒りとがひそんでゐるのが、だれにも感づけました。授業時間ごとに、同じ場面がくりかへされました。
「ガスパール・ヘナン、立て。」と先生が言ひます。
ガスパールは、ふくれッつらをして立ち上ると、つくゑによりかゝり、からだを左右にふるだけで、何にも答へずにすわるのでした。クロック先生はいきなりなぐりつけたり、あとで、食べものをやらなかつたりしました。しかし、そんなにされてもガスパールはちつとも、ものをおぼえませんでした。
晩になつて、尾根うらの小さな部屋へのぼつていくときに、私はよく、ガスパールに言ひました。
「泣くの、およしよ。ぼく見たいにやるんだよ。ドイツ語をよむのをおぼえなくちやだめだよ。だつてあいつらは、とてもつよいんだもの。」
でもガスパールは、いつもかういひました。
「ぼくはいやだ。いきたいんだ。うちへかへりたいんだ。」
ガスパールのこの考へは、しよせん、動かしやうがありませんでした。
最初のころの、ものうさが、ガスパールの上に一そう、つよくもどつて来ました。夜あけがたに、ガスパールが寝床の上にすわつて、目を見すゑてゐるのを見ますと、私には、ガスパールが、今じぶん、もう目をさましてゐる水車場や、小さいときに、はいつてかきまはした、きれいな小川のことを考へてゐるのが感じられました。さういふものが、遠くからガスパールを引つぱるのです。その上に、先生がひどいことをするので、それがます/\ガスパールを家の方へおしやるのでした。ガスパールは、すつかり、荒くれて来ました。
とき/″\、ガスパールが杖でたゝかれたあと、その二つの目が、怒りで一ぱいになるのを見ますと、私は、じぶんがクロック先生だつたら、その目つきがおそろしいだらうと思ひました。でも先生はちつともおそれませんでした。杖でなぐりつけたつぎには断食をさせました。しまひには牢屋を発明しました。ガスパールはその中におしこめられたきり、ほとんど外へは出されませんでした。
三
或日曜のことでした。ガスパールはすでに二月以上も外の空気をすはなかつたので、先生は、ガスパールを私たちと一しよに、村のはづれの牧場《まきば》へつれていきました。
その日は、すばらしい、いゝお天気でした。私たちは人取りあそびをして、せい一ぱい走りまはりました。雪や氷すべりを思ひ出させる、つめたい北風を頬にうけて、はしやぎ喜びました。
ガスパールは、いつものやうに、みんなからはなれて森のへりに立ち、木の葉をうごかしたり、枝を切つたりして、一人であそんでゐました。しかし、かへるとき、整列すると、ガスパールが一人だけゐません。みんなでさがしまはり、よび立てました。ガスパールは、にげ出したのです。クロック先生はいきり立ちました。先生の太い顔がまつ赤な色になり、舌のさきはドイツの、のろひの言葉でこはゞりもつれました。
先生は、みんなをつれてかへつた上、私と、もう一人、大きな生徒をつれてガスパールの叔父のヘナンの水車場へ向つていきました。
夜になりました。どの家でもみんな窓をとぢてよくもえた火と、日曜日のおいしいごちそうとであたゝまつてゐました。一すじの火影が道の上に流れてゐます。人々は、もう部屋の中で食事についてゐるのだとおもはれました。
ヘナンのうちへつきますと、水車もとまつてをり、柵もとざされ、粉をはこぶ獣も人も、みんなかへり去つてゐました。下ばたらきのものが私たちのために戸をあけてくれたとき、馬や羊が、わらの中にうごきました。鳥小屋のとまり木の上では、はげしい羽ばたきの音と、おそれのさけび声がしました。それらの生ものが、みんな、こはいクロック先生を知つてゐでもしたやうに。
水車場の人たちは、あたゝかな、あかるくあかりのついた大きな台所で食事をしてゐました。時計の振子から、釜にいたるまで、みがかれ、光つてゐました。
ガスパールはヘナンと、おかみさんとの間にはさまつてテイブルのはしにすわり、だいじにされ、愛しなでられてゐる、幸福な子のうれしさを顔中にあふれさせてゐました。
ガスパールは、にげかへつて、けふはオーストリアの大公の、だれ/\のお祝ひで、ドイツ人にも祭日なので、かへつて来たのだと、こしらへごとを言つたのです。それでヘナンやおかみさんたちは、ガスパールのかへつたのを祝つてゐるところだつたのです。
ガスパールは、クロック先生が来たと知ると、かはいさうに、どこかににげ
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