者はそんな声は耳にも留めないで、我一《われいち》にと押合ひへし合ひ山を下の方へ走りました。かうなると最う智慧蔵も堪らなくなつて、一生懸命に森を逃げ出して、無茶苦茶に下の方へ転びながら走つて来て、十五六町も来たと思ふ時分に、振返つて見ますと、これは先《ま》ア、何といふ事でせう。不思議にも、森は一面の猛火に包まれて、焔々《えんえん》と燃えてゐました。それは、若者|達《たち》の投げ棄てた松明の火が、落積つた木の葉に燃え移つて、それが枝から枝に、段々と燃え広がつたのでありました。


    三
 火事だ、火事だ、山火事だ! といつて、村の人達《ひとたち》は、皆《みん》な麓《ふもと》まで駈《か》けつけて来ましたが、何様何千年も斧《おの》を入れた事のない大きな森の大木が燃え出したのですから、見る/\うちに、山一面が火の海になりました。
 山火事は七日の間続きました。そして高い高い狸山《たぬきやま》は、一本の生木もないやうに焼かれてしまひました。火事のあとで、村の人達が上つて行つて見ますと、百穴の中から、這《は》ひ出して来た古狸も仔狸《こだぬき》も、皆な焼け死んでゐました。それを見た智慧蔵《ちゑざ
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