明《たいまつ》へ火をつけさせて、若者を励しながら、森の中へ入つて行きました。けれども森の中には、狸らしいものは愚か、鼠の仔《こ》一|疋《ぴき》も見えませんでした。
「それ見ろ、馬鹿七の嘘吐《うそつ》き! 何も出やしないぢやないか。」といつて智慧蔵が大声で呶鳴りました時、向ふの大きな樟《くす》の木の蔭《かげ》から、ポン/\ポンポコ/\/\と面白い太鼓の響が聞えて来ました。
「やア、来た/\、そうれ、あの大きな狸を御覧! 三百、四百、五百、あれ/\彼《あ》の小い可愛い仔狸を御覧、あれ/\……」
 馬鹿七は、もう面白くて堪《たま》らないやうに叫びました。智慧蔵は槍を身構へました。若者は皆《みん》な、刀へ手を掛けました。しかし太鼓の音がするだけで、狸の影も形も見えませんでした。
「そうれ、来た/\、そうれ、その足許へ来たぢやないか。やア/\今晩のは滅法大きい狸ぢや……」といつて馬鹿七が踊り出したので、若者は急に気味悪くなつて、松明をそこへ投げ棄てたまゝ、一目散に森を駈《か》け出しました。
「待て! 逃げるのぢやない。狸も何もゐやアしないぢやないか。」かういつて智慧蔵は声を限りに叫びましたが、若
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