中で過して帰つて来ました。


    二
 村の庄屋《しやうや》の息子に、智慧蔵《ちゑざう》といふ、長い間江戸へ出て、勉強して来た村一番の学者がありました。或時《あるとき》その馬鹿《ばか》七の話を聞いて、
「そんな馬鹿な話があるものか。それは迷信といふものだ。」と申しました。しかし馬鹿七は頭《かしら》を横に振つて、
「いゝえ、迷信でも何でもありません。私《わたし》は確かに太鼓の音を聞いたのです。踊りを見たのです。これより確かなことがあるものですか。」と言ひました。
 そこで、智慧蔵は村の若者十人をつれて、狸山《たぬきやま》へ探検に出かける事になりました。智慧蔵は長い槍《やり》を提げ、若者は各々《めいめい》刀を一本づゝ腰に差してゐました。馬鹿七は元気よく先に立つて、十一人を案内して、山へ登つて行きました。
「森が見えました。狸の腹鼓はあの森の中で聞くのです。」と言つて、馬鹿七が森の方を指しました時、もう若者の顔は大分蒼くなつて、中にはぶる/\と慄《ふる》へてゐる者もありました。
「狸が出て見ろ、片ツ端から刺し殺してしまふから……」
 智慧蔵は元気らしく言ひました。そして其所《そこ》で松
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