ぶりと両手に掬《すく》つて飲みました。それから気を落つけて射取《うちと》つた大猿を能《よ》く能く見ますと、大猿の懐には可愛い/\小い猿の赤ちやんがピツタリと頭を母猿の乳頸《ちくび》の所に押付けて四つの手で、確《しか》と母の腹にシガミついて居るのでした。
「おや! 一疋だと思つたら二疋だ!」
与兵衛は眼を円くして驚きました。筏師も
「それは思ひも設けぬ事だ!」と言つて笑ひ興じました。
所が与兵衛はその子猿を母猿から引離さうとしましたが、どうしても離れません。カツチリと四つの手で母の腹に取縋《とりすが》つて、その小い五本の指を堅く/\握つてゐるのです。
与兵衛は仕方なしに、親猿と一緒に其の子猿を家《うち》に担ぎ込みました。そして家内中でその子猿を引張つて見たり、煙草の煙で燻《くす》べて見たりしましたが、どうしても離れないのです。で、たうとう母猿を水の中へヅツプリと浸《つ》けますと、やつと小猿は母の腹から離れました。
「なア、畜生でも可哀さうなものぢや。」と与兵衛が言ひますと、
「本当にネ、死んだ親ぢやと知らずに、その乳首に縋つてゐたのがイヂらしい……」とお熊《くま》といふ娘は、涙ぐみ
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