ら、爪《つめ》の赤い小さい蟹が六ツも七ツも、ちよこ/\と逃げ出しました。
「あ、居る/\、沢山居る。」と黒ちやんは夢中になつて、蟹を捕つてゐました。
 所へ山の上から大きな猪《ゐのしし》のおツ母さんが、どん/\走つて来ました。そして谷の中でビチヤ/\水音がするのを聞いた時、屹度《きつと》坊やが水遊びをして居るのだと思つたので、藪《やぶ》の中から大声で、
「おうい、お前は何うしてこんな所へ独りで来た?」と呶鳴《どな》りながら、岩の所からぬつと顔を出しました。
 熊のおツ母さんは、不意に猪に呶鳴られたので、吃驚《びつくり》して思はず、力一杯引起して居た石から手を離しました。と、同時に足の所で、
「きやあ!」と言ふ声がしたのに気付いて見れば、可哀さうに黒ちやんは、大きな石の下になつて死んでゐました。
 さあ大変です。熊のおツ母さんは気狂《きちがひ》の様になつて、
「大事の/\黒ちやんを殺したのは貴様だぞ! 覚ぼえてゐろ!」といひながら猪に向つて爪を剥《む》き出しました。
 猪は又た自分の子が、石に抑《おさ》へられて死んだのだと考へ違ひをして、
「貴様は大事の/\私《わし》の坊やを、其の石で圧
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