所を復習《おさらひ》してみました。ところが、一つだつて覚えてゐません。
「どうしたんだい。なんと見事に忘れてしまつたものだなあ。」と、言つて、和尚様は腹をかかへて笑ひました。
 愚助は和尚様に打《ぶ》たれるとばかり思つてゐましたのに、打たれなかつたばかりか、さも可笑《をか》しさうに笑はれたので、自分も何だか可笑しくなりました。
 其の晩でした。愚助は蒲団《ふとん》の中で眼《め》を閉ぢてゐますと、どこかで、「気をつけ。右向け右、前へおい。」と、いふ号令の声が聞えました。
「おや、あれは先生の声だな。」と、思つて、ぢつと、其のまま眼を閉ぢてゐますと、学校の庭が眼の前にありありと見えて来ました。
 庭には生徒が並んでゐます。生徒の中には自分の愚助も並んでゐます。
「おやおや、あそこにゐるのはおれだぞ。」と、言つて愚助はぢつと見てゐますと、受持の先生は生徒をつれて教場へ入りました。
 それから先生は算術を教へました。
「あ、あそこでおれが算術を習つてゐる。あ、手をあげた。答は百二十五。おれはなかなかえらいぞ……今度は読方だ。あ、おれが立つた。うん、すらすらと行詰《ゆきつま》らずに読んだ。おれは
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