れ》も通ることが出来ないぢやないか。と、呶鳴《どな》る者がありました。」
「その、大輔を叱《しか》つた者は、何者であつたか。」
「それは、あの、法螺貝《ほらがひ》を吹いて、御祈祷《ごきたう》をいたします、山伏《やまぶし》の一人でございました。」
「山伏は、どんなことをしたか。」
皇子さまは、だんだん、お話が面白くなつて来ましたので、御機嫌《ごきげん》が、直つてまゐりました。
「私《わたし》は、その山伏に、そんなに、人を呶鳴りつけるものではない。この岩は、恐れ多くも寛成の皇子さまから、天皇さまに御献上なさる大事のお土産でございますから、どうしてもこれは、御所までもつてまゐらねばならない、岩でございます。と、申しました。すると、山伏は急に、言葉を和げて、ああ、皇子さまの、お土産でございますか。それならば、私が其の岩を、少し小くしてあげませう。と、云つて、手にもつてゐた、数珠をもみながら、あじやら、もじやら、うじやら、もじやらと、呪文《じゆもん》を、唱へはじめました。」
皇子さまは、にこにこお笑ひになつて、
「岩は小くなつたか。」と、申されました。
「はい、岩はだんだん、小くなりまして、たうとう、こんなになつてしまひました。そこで、私《わたし》は、こんなに小くなつては困りますから、どうぞ元元通り、大きくして下さい。と、申しましたが、山伏は、頭をふつて、これから、御所までの途中には、もつと道幅の狭いところが、何箇所もありますから、元の通り大きくすれば、どうしても、御所まで、持つてまゐることは、出来ません。と、申しました。なるほど、それもさうだ。と、思ひましたので、この通り、小くなつたまま、持つてまゐりましたので、ございます。」
民部大輔の話を、黙つてお聞きになつてゐました、天皇さまも、忠行侍従も、河野中将も、みんな感心してしまひました。ところが皇子さまは、可愛いお目目を見はつて、
「では、しかたがない。しかし、そんな偉い山伏に、会つてみたいものだ。早く行つて、呼び返して来て下さい。」と、申されました。それを聞いた大輔は、さも残念さうな、顔つきをして、
「仰《おほ》せではございますが、その山伏と申しまするは、とても、足の早い男で、ございましたから、もう、何十里先へ行つたか、知れません。今から誰《たれ》が追つかけたところで、追ひつくことは、思ひもよらぬことでごぎいます。」
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